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金沢地方裁判所 昭和48年(ワ)278号 判決

原告

前田佐喜知

ほか一名

被告

日産火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、各金二、五〇〇、〇〇〇円及び、右各金員に対する昭和四八年一〇月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項についての仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡前田真佐夫(昭和二六年五月二三日生)は原告ら夫婦間の長男であるが、昭和四六年一〇月二三日午後一一時二五分ごろ、訴外亡下村明正運転の自家用乗用車(石五ほ三九六七、以下本件自動車という)の助手席に同乗し、富山県西礪波郡小矢部川上流(通称長瀞地内)にさしかかつた際、右明正がハンドルを切り誤まり本件自動車を約七〇メートル下の小矢部川に転落させたため、頸椎骨折に因り死亡するに至つた。

2  本件自動車は訴外下村正一の所有であり、同訴外人は、本件事故当時前記明正に対し、本件自動車を使用する権限を与えていたものであり、訴外正一は本件自動車を自己のために運行の用に供していたものである。

本件事故当時右明正と真佐夫は、関西スポーツカークラブ(K・S・C・C)主催の第五回KSCC北陸四〇〇キロメートルナイトラリーにチームを組んで参加し、明正はドライバーとして、真佐夫はナビゲーターとして本件自動車に乗つていたもので、本件事故は右競技走行中に発生したものであるが、そうであるからと言つて、真佐夫は運転補助者に該るわけでもないし、まして共同運行供用者の地位にあると言うこともできず、従つて、真佐夫は自動車損害賠償保障法三条の「他人」に該当する。右の「他人」のなかに運転者及び運転補助者が含まれないとしても、そこにいう運転者及び運転補助者とは、かかる立場のものとして自動車に乗り組んだもの一般を指すのではなく、事故時に現に運転行為に何らかの形で従事していたか従事していなければならなかつたのにしなかつたものを指すというべきである。ラリーとは一般公道又はクローズドサーキツトにおいてオーガナイザーにより与えられた指示速度により走行し、その所要時間の差により優劣を決定する競技であり、主として指示速度を守つたかどうか、所要時間がどの程度であつたかが勝敗のポイントとなる。ナビゲーターの役割は、指示されたコースを指示された速度で走つているか、これから先のコース、並びに路面及びコースの状態をチエツクし、ドライバーに指示することなどであるといわれているが、距離、時速、時間という計測上の問題を専らナビゲーターが受け持つため、俗にドライバーとナビゲーターとは一体であるとか、勝負はナビゲーシヨンで決まるとかいわれるのである。しかし運転行為そのものはあくまでもドライバーが行なつているものであるから、ナビゲーターは事故の原因たる運転者の運転行為に参与しているものではなく、自賠法の適用において他の同乗者と異なる解釈をするいわれはない。殊に本件ラリーの場合は、競技の行われる二日前の同年一〇月二一日に参加者全員に全コースの地図を渡し、ミーテイングをしており、運転者自身十分にコースを頭に入れることができていたうえ、本件コースは市街地のように複雑で入りくんだコースではなく、いわゆる一本道の林道であるので、ナビゲーシヨンの役割は専ら計測だけであつた。(本件ラリーはJ・A・F公認のラリーであり、ライセンスを持たない者が運転すれば失格となるため、ライセンスを持たない亡真佐夫が運転したことは考えられない。)また共同してチームを組んで本件ラリーに参加したからと言つて、被害者の保護を目的とし出来るだけ幅広く被害者の救済をはかろうとする自賠法の趣旨から言つて真佐夫が共同保有者の地位にあつたとはとうていいい得ない。

従つて訴外正一は自賠法三条により、原告らに対し右真佐夫の死亡による左記損害を賠償する義務を負う。

3  本件事故による亡真佐夫の損害はつぎのとおり合計九、一〇八、八三四円であり、原告らは亡真佐夫の右損害の賠償請求権を各二分の一の割合で相続した。

(一) (亡真佐夫の逸失利益)

亡真佐夫は、石川日産自動車販売株式会社に自動車整備工として勤務し、死亡当時月給金三六、六五四円を得ていた。そして、同人は一ケ月に月収の半分を生活費に費消していたとみるのが妥当であるから、一ケ月の純収益は一八、三二七円であり一ケ年の純収益は金二一九、九二四円である。ところで死亡当時二〇歳であつた同人の将来の就労可能年数は四五年であるから、その得べかりし利益の喪失額はホフマン式計算によると金五、一〇八、八三四円となる。

(二) (亡真佐夫の慰藉料)

亡真佐夫は、本件事故当時二〇歳の働き盛りであり至極健康であつた。又両親である原告佐喜知は当時六八歳同喜美子は四九歳で原告らの生活はほとんど亡真佐夫の収入によつていた。従つて一家の支柱ともいうべき真佐夫が死亡し、家族は極度に困窮する事態に立ち至つた。よつて亡真佐夫の慰藉料として金四、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

4  被告は右加害車となつた本件自動車につき訴外下村正一との間に昭和四六年七月一三日、保険期間昭和四六年七月一四日から昭和四八年七月一四日までの自動車損害賠償責任保険契約を締結しているものである。

5  よつて原告らは被告に対し、自賠法一六条一項に基づき訴外正一が原告らに対し負担する合計金九、一〇八、八三四円の損害賠償責任の内、保険金額の限度である各金二、五〇〇、〇〇〇円と、右各金員に対する本件訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四八年一〇月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、訴外亡明正が本件自動車の助手席に訴外亡真佐夫を同乗させて、これを運転していた事実は否認し、その余の事実は認める。

本件事故は、関西スポーツカークラブが主催した第五回KSCC北陸四〇〇キロメートルナイトラリーに右明正及び真佐夫の二人がチーム(チーム名コータロー)を組んで参加し、競技走行中に発生したものであり、しかも、本件事故現場の状況は、自動車は大破し、二人の遺体は散乱しており、事故当時右両者のうち何れが運転していたのか決め難い。

2  請求原因2のうち訴外下村正一が本件自動車の所有者であり運行供用者であること、前記のとおり明正及び真佐夫がチームを組んでラリーに参加したものであり真佐夫はナビゲーターであつたことは認めるが、その余の事実は否認。左記のとおり、亡真佐夫は加害車両の自賠法二条にいう運転者少くとも運転補助者であり、しかも共同保有者であるから、同法三条の「他人」には該当しないので同条の適用はない。

ラリーにおけるナビゲーターは、まず第一に指定されたコースに車を乗せて行くよう努力すること、つぎに車を指定された速度のスケジユールに常に早遅なく乗せることなどに力を入れ、路面の変化、コーナーの大きさの読みなどはそのつぎの作業として、ドライバーを助けることをその任務とするものであつて、ラリー競技の遂行のためには不可欠の存在であり、その勝敗に直接影響を及ぼすといつて過言ではない程重要な役割を果すもので、その重要性はドライバーのそれに比し優劣をつけ難い程である。また本件ラリー競技は数区間に区切られた全コースの各区間毎に独立して走行時間を計測し競い合ういわゆるアメリカ方式による競技であつたから、その計測を彼此流用できるヨーロツパ方式に比しナビゲーターの役割は更に大きいものであつた。本件において亡真佐夫はナビゲーターとして右の役割を分担していたものである。そして亡真佐夫は本件ラリーを完走するために競技コース図、或いはコマ地図、時計等を見ながら適宜の判断をなし、決められた時間にチエツクポイントを通過すべく運転者明正に対し、スピード、道順等具体的な走行指示をなしていたものである。本件事故は正に真佐夫の右指示の誤りに因り発生したと考えられる。そうだとすればこの点からも競技車の運転行為につきナビゲーターの果す役割及び責任は極めて重大であるといわねばならない。

そうして同競技におけるナビゲーターの役割内容及びその重要性、同競技コースの地形、実施時間帯並びに競技方式等を総合すれば、真佐夫は少くとも運転補助者であり、法的評価としては運転者そのものであつたといつても過言ではないから、自賠法三条の「他人」に該当しないこと明らかである。さらに真佐夫と明正は共通の運転目的を持つて、すなわち自らが勝利するためにチームをくみラリー競技に参加して本件自動車を運行したものであり、かつ同競技中の事故であつたこと等を総合すれば真佐夫は共同保有者の地位にあつたものと解される。

3  請求原因3のうち、原告らが亡真佐夫の両親であり相続人であることは認めるが、その余の事実は不知。

4  請求原因4の事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実のうち、本件加害車両である自家用乗用車(石五ほ三九六七)を運転していたのは訴外下村明正であり、訴外前田真佐夫は助手席に同乗していたとの事実は〔証拠略〕により認められ、その余の点については当事者間に争いがない。

二  原告らの本訴請求は亡真佐夫の自賠法三条に基づく損害賠償請求権を前提とするものであるところ、同条にいう「他人」には加害車両の運転者及びこれと実質的に同視できる立場にあつた運転補助者は含まれないものと解すべく、本件事故により死亡した訴外真佐夫は右の如き運転補助者であつたもので、右「他人」に該当するとは認められない。

すなわち、亡真佐夫及び亡明正は事故当日である昭和四六年一〇月二三日関西スポーツカークラブ主催のKSCC北陸四〇〇キロメートルナイトラリーにチームを組んで参加し、競技走行中本件事故が発生したものであること、右ラリーにおける亡真佐夫の役割はナビゲーターであつたことは当事者間に争いがない。そして一般にラリーにおけるナビゲーターの役割は、〔証拠略〕を総合すれば、運転者に対して、指定されたコースに車を乗せて行くために道路を指示すること、指定された速度で車を走らせるために速度と時間を計算し、とるべき速度をその都度指示すること、そしてコース及び路面の状態を判断して適切な指示を与えること等であるものと認められる。本件ラリーにおけるナビゲーターの役割もまた〔証拠略〕を総合すれば、右と同様であり、単に速度等の計測に止まるものではなかつたと認められ、しかもコースは夜間の山間地の林道であるためコース及び路面の状態を判断して指示するナビゲーターの役割は、殊に重要であつたことが認められる。なお〔証拠略〕によれば原告ら主張のとおり競技二日前にミーテイングが行なわれ運転者自身あらかじめ本件コースを頭に入れることができたことが認められるが、そのことは右ナビゲーターの役割をいささかも軽減させるものとはならない。危険を伴うモータースポーツにチームを組んで参加しているものである以上、チームの全員がその役割に応じながら終始一体となつて危険を避け、競技目的にかなつた運転を図るため努力すべき立場にあるものである。してみると、亡真佐夫は本件加害車両の単なる同乗者と見ることは到底できず、しかも一般的に自動車運転の補助に従事する者(運転補助者)の地位にあつたというばかりでなく、競技走行中終始運転行為に関与していた、或いは関与すべきであつたと認められる。のみならず、〔証拠略〕によれば、本件事故の原因は本件自動車が林道ブナオ線の右カーブになつている箇所を通過する際に直進したため、路外に逸走して小矢部川に転落したものと認められ、亡真佐夫は該コースの状況を把握しえず指示を誤まつたものと推認されるので、本件事故の原因となつた当該運転行為に直接関与したものというべきである。

以上争いのない、また認定した諸事実によると、亡真佐夫は本件事故当時実質的にいわば運転者である亡明正と一体となつて同人の運転行為に伴う危険を防止し、運転行為の一部を分担していたものということができ、本件においては亡真佐夫は結局同法三条の「他人」には当らないと認めざるを得ない。

三  そうとすれば、原告らの主張する同条に基づく請求権は、その余の点について判断するまでもなく認められない。従つて右請求権を前提とする原告らの本訴請求はいずれも理由がないこととなるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小島寿美江)

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